マテ小屋の 影をゆらして 沼の暮れまてこやの かげをゆらして ぬまのくれ
マテ小屋
六ヶ所村に隣接する小川原湖の支流である高瀬川の、水上に架設された漁撈用の小屋。水中に大きな袋網を張りめぐらし、杭と杭との間に柴などを刺して、魚を網に誘い入れて捕獲する。落日に染まる水面にシルエットで浮くマテ小屋の在る風景は一ぷくの名画にもたとえることが出来る風情である。
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雅びさを 今に伝える 野辺地祇園祭りみやびさを いまにつたえる のへじぎおんまつり
のへじ祇園祭り
南部藩の交易港として栄えた頃から伝わる、京都祇園祭の流れを組む祭事。祭りは8月に3日間行われ、豪華絢爛に装飾された舞台を掲げた優雅な調べの祇園囃子が有名だ。また中日には、お御輿を先頭に各町内の町印神楽などが随行して、海上渡御が行われ、参加船総数約150隻のその光景は壮観である。
室町の ロマンを語る 大畑八幡宮むろまちの ろまんをかたる おおはたはちまんぐう
大畑八幡宮
大畑発祥の地とされている深山に祀られていたが、人家が川尻(南町、本町)に形成されるようになり、慶安元年(1648)現在地に遷された。大畑八幡宮例大祭は、元禄から享保年間に今の形に完成されたとされる。山車は4社であったが今は7社で運行される。他能舞や神楽が行列を組んで練り歩き、郷土の300年以上の伝統を今に伝えている。
明治から 海峡守る 尻屋の灯台めいじから かいきょうまもる しりやのとうだい
尻屋崎灯台
本州の北端、尻屋崎は太平洋と津軽海峡の潮流が出会う処であり、潮流の激しさと波間に潜む暗礁が多く、古くから海の難所として船乗りに恐がれられた海域である。明治9年10月20日、東北初の洋式灯台として設置されたが、その発想は斗南藩に由来すると言われている。光度200万カンデラ、灯台の高さ共に日本最大級を誇る白亜の灯台は、放牧されている寒立馬と共に観光下北の一翼を担っている。
餅つき踊り メラシ着飾り 小正月もちつきおどり めらしきかざり こしょうがつ
郷土芸能 餅つき踊り
下北一円の小正月行事として行われている祝儀踊り。豊作祈願、火災、病魔を除き、家内円満の縁起を含んでいる。この踊りは、宝暦年間にヤマセのため困窮している農民が、冷害に強い種もみを譲り受け豊作になった時、五穀豊穣に感謝し、村の氏神様に祝い餅を供え、喜び舞い踊ったのが始まりである。
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