菜の花ロード 初夏を彩り 風薫るなのはなろーど しょかをいろどり かぜかおる
菜の花
日本一の作村面積を誇る横浜町の菜の花。9月上旬タネをまき、翌年5月中旬、長き冬を耐え、一挙に春の息吹きを感じさせるかのように咲き誇る菜の花。7月下旬に収穫が行われる。青い空、原色の黄色、そしてエメラルドグリーンの海。光りと風、そして香りを人間の五感すべてで感じられる。毎年、菜の花フェスティバルも開催され、県内外から大勢の人が訪れる。
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日本で 最初のひらがな むつ市にほんで さいしょのひらがな むつし
ひらがな市名の「むつ市」
昭和34年、大湊町と田名部町の合併によって「大湊田名部市」が誕生したが、35年8月1日に日本最初のひらがなの市名「むつ市」に改称して一躍有名になった。平成17年、「平成の大合併」の中で、むつ市・川内町・大畑町・脇野沢村の4市町村が合併し、3月14日新しい「むつ市」が誕生した。
沼ニシン 尾駮の味が なつかしくぬまにしん おぶちのあじが なつかしく
尾駮鰊
尾駮沼では、古くから鰊漁が盛んで、地元では、「尾駮鰊」と呼んでいる。漁期は、毎年12月上旬から翌年3月下旬まで行ない、沼鰊では、日本でも尾駮沼と茨城県の涸沼の2ヵ所である。地元では、鰊を刺身などで食べているが、年々水揚げ量が減少し、現在では、ほとんど捕獲されていない。
願いが叶う 願掛岩に 手を合わせねがいがかなう がんかけいわに てをあわせ
願掛岩
佐井村から仏ヶ浦までの中継地点に仰ぎみる海抜百メートル余りの巨岩が「がんかけ岩」である。男岩、女岩と呼び、まるで男女が抱き合う様を思わせる。昔から神の岩山として地元の人々に信仰されており、寛政4年、菅江真澄がこの地を通った時、願いをかけたところから、願掛、または鍵掛岩とも呼ばれている。願掛岩をバックに鳴海要吉の文学碑が建っている。
野辺地湊 往時を偲ぶ 常夜燈のへじみなと おうじをしのぶ じょうやとう
常夜燈
藩政時代、西廻り海運が発達した時、野辺地湊は南部藩有数の商業港として北前船が多く出入りし、栄えた。この常夜燈は、文政10年(1827)、地元の豪商・野村治三郎がこれら出入船の安全のため建設した。夜は灯をともし灯台の役割りをつとめ、沖合からの目じるしにした。現存するものでは、日本最古といわれている。
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