会津士魂 今に伝える 斗南丘あいづしこん いまにつたえる となみがおか
斗南藩
明治維新に際し戊辰の役に敗れた会津藩は、廃藩の憂き目にあったが、明治2年3万石の小藩として南部領北郡(今の下北と上北の一部)に再興、移封された。田名部に藩庁を定めた「斗南藩」の誕生である。藩士の移住を持って藩の再興に取りかかったが、明治4年の廃藩置県によりわずか1年半で斗南藩は消滅したが、その殖産方針や子弟教育など藩の施策や気概は当地方の近代化に脈々と受け継がれている。
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いつ来ても 風光明媚な 下北の郷いつきても ふうこうめいびな しもきたのさと
下北観光
下北半島は、四季の変化に富み、周辺を海に囲まれ、山あり川あり、水清く緑濃い。豊かで温かな人情に包まれている。下北のシンボルともいえる秀峰釜臥山の下、大畑川、川内川、老部川に代表される渓流美があり、鮭、鱈、ソイ、アブラメ、ウニ、アワビ、帆立貝と魚介類が美味である。薬研、湯野川、下風呂など名湯があり旅情豊かである。釜臥山スキー場からの海へ向かってのダウンヒルはすばらしく、他に類を見ない。
海山の 恵み多き脇野沢 北限の猿も群れ遊ぶうみやまの めぐみおおきわきのさわ ほくげんのさるもむれあそぶ
北限のニホンザル
脇野沢山林一帯の日本猿は、棲息が北限ということで学術的に貴重な野生動物として昭和45年に天然記念物の指定を受けた。当初は餌付けをして保護していたが、頭数がふえ群も分裂。その一群は野猿公苑に保護されている。その後、脇野沢のみならず半島内陸部にその分布が確認されているが、近年、農作物への猿害が頭痛の種である。
永々と 続く伝統 能舞の里えいえいと つづくでんとう のうまいのさと
伝統芸能 能舞
熊野修験者によってこの地に伝えられたとされる権現舞(獅子舞)は、東通村を中心に下北、上北の熊野系神社を祀る村々に広く伝承されている。この権現舞を頂点として神事芸能の色あいの強いものから歌舞伎の影響を受けた武士舞、土地に根ざした道化舞など30を超える演目が600年余りの間に整い、「能舞」として今に伝わっている。重要無形民俗文化財として国の指定を受けている。
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沖にいさり灯 後ろに薬研 湊大畑イカの町おきにいさりび うしろにやげん みなとおおはたいかのまち
薬研温泉 イカの町
大畑川が津軽海峡に注ぐ河口港を中心に栄えてきた大畑町は、下北きっての漁業基地であり、イカの町として有名である。大畑川の上流にある薬研温泉は、その湯元が漢方薬を粉にする時用いる薬研と云う道具に似ていることにその名が由来する。一帯は深いヒバ林におおわれ、秋ともなれば鮮やかな紅葉が水面に映え、湯煙りたなびくその渓流美は絶品である。露天風呂の「夫婦かっぱの湯」も近年人気を呼んでいる。
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