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2007年5月

2007年5月28日 (月)

昔 冷や水、 今 アイス!?

Reijoice Ice
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 恐山の入り口で売っていたアイスです。

 白(バナナ)、緑(よもぎ)紫(ブルーベリー)の3つの味があります。

 1色でも買うことができますが、この際なので三色ミックス(300円)を買いました。

 それぞれ、個性のある味ですが、特によもぎがヨモギ団子を思わせるほどの味で、アンコがないのにアンコの味まで舌によみがえる感じでした(それぞれの境目は微妙な味でしたが・・・)

そこで一句
冷たさに 思わず合掌 霊場アイス

冷水を 呑んで一服 恐山参詣(かるたへリンク)

霊場アイスの恐山はこちら(地図が出ます)

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2007年5月17日 (木)

横浜町の"菜の花"が見ごろ

横浜町の菜の花 菜の花大迷路
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 横浜町は菜の花のまちです。
 91年から毎年5月に開催している
菜の花フェスティバル」、道の駅は「菜の花館」、そして名物「菜の花ドーナツ」などなど。
 とにかく菜の花、何はなくとも菜の花、
開花時期には十数万人が訪れる「日本一の菜の花のまち」です。
 今の季節は、青い空、緑の山裾、白い風車、そして黄色い絨毯を敷き詰めたような菜の花畑と訪れるには絶好の季節です。
 今年の「菜の花フェスティバル」は5月20日開催。
菜の花大迷路も子供たちを待っています。(大人も楽しめます)

菜の花ロード 初夏を彩り 風薫る(かるたへリンク)

菜の花フェスティバル会場はこのへん(地図が出ます)

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2007年5月15日 (火)

早掛沼公園の御衣黄

樹名札 御衣黄
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 早掛沼公園に珍しい緑色の桜「御衣黄」があるというので行ってきました。
 「御衣黄」は、駐車場から公園への入り口の少し小高くなっているところに一本控えめに立っておりました。
 この日(5/14)は、残念ながらまだ咲き始めというところでしたが、つぼみはしっかり緑色。満開になるとどんな風情になるのか楽しみです。

 しかし、緑色なのに御衣とはナゼ?ご存知の方は、お知らせください。

早掛に 桜らんまん 下北の春(かるたへリンク)

下北の桜の名所&御衣黄の早掛沼公園はこちら(地図が出ます)

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2007年5月 9日 (水)

日本最古のアーチ式ダムに行ってきました

案内板

アーチ式ダム 錦鯉公園から望む陸奥湾バイパス道路の完成図

クリックすると大きな写真が出ます。

 ダムというとすごくデッカイコンクリートのかたまりを想像しますが、このダムはこじんまりとしたかわいいダムです。石組みがきれいです。

 以前は上水道の水源として利用されていましたが、今は錦鯉が優雅に泳ぐ癒しの場所に。公園からのぞむ晴れた日の青く広がる陸奥湾も絶景です。

 バイパス道路の工事中で、完成すればまた違ったアングルでダムを見ることができそうです。

「す」 水源地 桜に映える アーチ式ダム(かるたへリンク)

日本最古のアーチ式ダム 水源地公園はこちら

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2007年5月 8日 (火)

「あ」 会津士魂...

A_1 会津士魂 今に伝える 斗南丘
あいづしこん いまにつたえる となみがおか

斗南藩

明治維新に際し戊辰の役に敗れた会津藩は、廃藩の憂き目にあったが、明治2年3万石の小藩として南部領北郡(今の下北と上北の一部)に再興、移封された。田名部に藩庁を定めた「斗南藩」の誕生である。藩士の移住を持って藩の再興に取りかかったが、明治4年の廃藩置県によりわずか1年半で斗南藩は消滅したが、その殖産方針や子弟教育など藩の施策や気概は当地方の近代化に脈々と受け継がれている。

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「い」 いつ来ても...

I いつ来ても 風光明媚な 下北の郷
いつきても ふうこうめいびな しもきたのさと

下北観光

下北半島は、四季の変化に富み、周辺を海に囲まれ、山あり川あり、水清く緑濃い。豊かで温かな人情に包まれている。下北のシンボルともいえる秀峰釜臥山の下、大畑川、川内川、老部川に代表される渓流美があり、鮭、鱈、ソイ、アブラメ、ウニ、アワビ、帆立貝と魚介類が美味である。薬研、湯野川、下風呂など名湯があり旅情豊かである。釜臥山スキー場からの海へ向かってのダウンヒルはすばらしく、他に類を見ない。

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「う」 海山の...

U 海山の 恵み多き脇野沢 北限の猿も群れ遊ぶ
うみやまの めぐみおおきわきのさわ ほくげんのさるもむれあそぶ

北限のニホンザル

脇野沢山林一帯の日本猿は、棲息が北限ということで学術的に貴重な野生動物として昭和45年に天然記念物の指定を受けた。
当初は餌付けをして保護していたが、頭数がふえ群も分裂。その一群は野猿公苑に保護されている。
その後、脇野沢のみならず半島内陸部にその分布が確認されているが、近年、農作物への猿害が頭痛の種である。

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「え」 永々と...

E 永々と 続く伝統 能舞の里
えいえいと つづくでんとう のうまいのさと

伝統芸能 能舞

熊野修験者によってこの地に伝えられたとされる権現舞(獅子舞)は、東通村を中心に下北、上北の熊野系神社を祀る村々に広く伝承されている。
この権現舞を頂点として神事芸能の色あいの強いものから歌舞伎の影響を受けた武士舞、土地に根ざした道化舞など30を超える演目が600年余りの間に整い、「能舞」として今に伝わっている。
重要無形民俗文化財として国の指定を受けている。

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「お」 沖にいさり灯...

O 沖にいさり灯 後ろに薬研 湊大畑イカの町
おきにいさりび うしろにやげん みなとおおはたいかのまち

薬研温泉 イカの町

大畑川が津軽海峡に注ぐ河口港を中心に栄えてきた大畑町は、下北きっての漁業基地であり、イカの町として有名である。大畑川の上流にある薬研温泉は、その湯元が漢方薬を粉にする時用いる薬研と云う道具に似ていることにその名が由来する。
一帯は深いヒバ林におおわれ、秋ともなれば鮮やかな紅葉が水面に映え、湯煙りたなびくその渓流美は絶品である。露天風呂の「夫婦かっぱの湯」も近年人気を呼んでいる。

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「か」 かさまいむつ市...

Ka_1 かさまいむつ市 美人おしまこ 盆踊り
かさまいむつし びじんおしまこ ぼんおどり

おしまこ盆踊り

むつ市を中心に広く下北で踊られている盆踊りの唄におしまこがある。おしまことは、昔、南部の殿様が田名部巡行の折り、おしまと云う器量よしの娘が御前で踊りに合せて唄った歌を、殿様に気に入られおほめを頂いたことに由来している。
「田名部横町の川の水のめば、80婆様も若くなる」で始まるこの盆唄ではあるが、現在では、美人・声よしの代名詞としておしまこの名を冠するようになっている。

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「き」 来てみれば...

Ki 来てみれば いで湯のかおり 下風呂の宿
きてみれば いでゆのかおり しもふろのやど

下風呂温泉郷

下風呂の地名はアイヌ語の「シュマ・フラ」で、臭い岩という意味。温泉は硫黄泉で、打ち身や切り傷などに効く。戦国の武将が刀傷をいやしたと云われ、古くから湯治の湯としてし知られている。
下風呂温泉の窓からは北海道の汐首岬も望め、その眺めは旅情を慰めてくれる。
特に夏場に沖にきらめくイカ釣り船のいさり灯は水平線を不夜城と化す。

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「く」 黒ソイを...

Ku 黒ソイを 釣って桜の 愛宕山
くろそいを つってさくらの あたごやま

脇野沢海釣り公園 愛宕山

脇野沢川河口に突き出した愛宕山は信仰の地と共に、桜の名所としても有名で約60本の桜が咲き、大勢の人でにぎわう。
この愛宕山に隣接して整備された海釣り公園は黒ソイの釣り堀がある。居ながらにして豪快な黒ソイの手応えを楽しめ、釣った魚は、すぐにレストハウスで調理定食として自分の釣果に舌づつみを打てるのも楽しい。

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「け」 渓流に...

Ke 渓流に 湯の香漂う カモシカライン
けいりゅうに ゆのかただよう かもしからいん

湯野川温泉 カモシカライン

湯野川温泉は、川内町から川内川にそって約16kmほどさかのぼったカモシカライン沿いの山あいにある。
菅江真澄の奥の浦うらには「湯ノ川といってよい温泉があるので、そこに湯浴みに行く人がいて…」という記述がでている。廷宝年間(1673-1680)に発見された。
下北産ヒバ材をふんだんに使った観光休憩所「濃々園」が名所になっている。
※カモシカライン…川内町と佐井村を結ぶ県道。観光ルートとして脚光を浴びている。

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「こ」 古来栄えた...

Ko 古来栄えた 佐井の村 北前船の来た湊
こらいさかえた さいのむら きたまえぶねのきたみなと

佐井 北前船

佐井村は江戸時代、下北きって栄えた湊である。日本海航路の風待ちや、シケの避難港として、さらには北前船の交易の拠点として、ヒバ材、鉱石、海産物などの積出港としてにぎわった。
エゾニシキなどの北方文化財をはじめとして、北前船のもたらした文化遺産は今、アルサスの資料館に展示され注目を集めている。

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「さ」 サヨナラだけが人生と...

Sa サヨナラだけが人生と シネマの鬼才 川島雄三
さよならだけがじんせいと しねまのきさい かわしまゆうぞう

映画監督 川島雄三(1918-1963)

映画監督、川島雄三はむつ市に生れ、昭和19年、26歳の時「還って来た男」でデビュー。45歳の遺作「イチがバチか」まで、強烈な社会風刺の喜劇映画や文芸作品51本を世に送り出した。
代表作に「幕末太陽伝」、「しとやかな獣」、「雁の寺」などがあり、日本映画界にあって、異彩を放つ映像作家である。
むつ市徳玄寺に「花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ」の顕彰碑が建立されている。

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「し」 シギが飛び立つ海峡に...

Si シギが飛び立つ海峡に 井上靖の 文学碑
しぎがとびたつかいきょうに いのうえやすしの ぶんがくひ

井上靖 文化碑

下風呂温泉は数々の小説の舞台ともなっており、特に井上靖の「海峡」は、アカエリヒレアシシギの渡りと主人公の人生観が、簡潔な表現の中に、見事に生かされ、冬の下北の自然が効果的に折り込まれた名作である。
村の100周年記念で建てられた文学碑は、漁港に隣接する「海峡いさり火漁港公園」の中にある。
公園の中央には、潮の満ち引きを利用して海水を引き込む「人工中海」がある。

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「す」 水源地...

Su 水源池 桜に映える アーチ式ダム
すいげんち さくらにはえる あーちしきだむ

水源池 旧海軍水道ダム

旧日本海軍の大湊要港部専用水道。明治42年に建設された日本最古の石造り厚アーチ式堰提。
この水源池は昭和51年までむつ市民の大切な上水道水源として使用されて来た。
現在は水源池公園として整備し直され、同じく旧軍時代に植樹された桜の古木が繁り、観桜会のみならず市民の散策の場となっている。
ダムは県の重宝指定。

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「た」 鯛島が...

Ta 鯛島が 夕陽を泳ぎ 村暮れる
たいじまが ゆうひをおよぎ むらくれる

鯛島

脇野沢より沖合約1kmに浮かぶ鯛島は、面積15.868㎡でその名のとおり鯛の形に似たユニークな島である。胴体と尾に分かれていて、胴体の方は緑におおわれ、尾の方は険しい岩肌に海鳥の糞で真っ白に染まっている。
周囲は海中公園に指定されていて、澄んだ海中には様々な魚が生息し、遠い昔より悲恋の伝説があり、脇野沢のシンボルともなっている。

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「せ」 世界一めざせ...

Se 世界一めざせ 陸奥湾 ホタテ漁
せかいいちめざせ むつわん ほたてりょう

陸奥湾ホタテ

陸奥湾ホタテ漁は、漁獲高約10万トン、金額で100億を超える青森県を代表する沿岸漁業に成長している。
欧米への冷凍輸出も年々増えており、生で刺身は甘味があり、焼いて良し、そのおいしさから貝の王様とも称されている。
特に干し貝柱は珍味中の珍味として高級料理に珍重されている。

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「ち」 地続きを...

Ti 地続きを 願って夢の 海峡大橋
ちつづきを ねがってゆめの かいきょうおおはし

夢の海峡大橋

津軽海峡をはさんで大間と北海道は最短距離で18キロメートル。天候次第では手の届くような近さに道南を望むことが出来る。
新しい北の経済文化圏の確立と、青函圏域の交流をより活発にするため、青函トンネルと共に青森県と北海道の周遊ルート実現のため、夢の架橋建設へ向けて運動を展開している。

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「そ」 そそり立つ...

So そそり立つ ヒバの美林の 濃き緑
そそりたつ ひばのびりん こきみどり

下北ヒバ

ヒバ(ヒノキアスナロ)は青森県の県木でもあり、下北半島と津軽半島に集中して分布している。貴重な資源として、恐山山系の天然林に保護区指定の動きがある。
東通村の猿ケ森や左京沼にヒバの埋没林があり、ヒバ2千年の歴史を物語っている。
青森県のヒバ林は、日本3大美林の1つに数えられ、その材質が緊密で香りよく、耐水性や耐腐性、防虫など建材としてすぐれた性質をもっている。

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「下北かるた」について

 この「下北かるた」は、次代をになう子供たちに郷土下北をよく知ってもらい、そして郷土を愛する心を育てようと作成しました。
 下北半島固有の風土、歴史、文化、産業、人物等を再発見し、郷土の伝統と個性をより鮮明にするための「地域学」の実践と考えました。まず、かるたを囲み、楽しむことが基本です。読み札にある名所、人物、名産等については、下北半島各地域の人々に選んでいただき、それを「下北かるた編集委員会」で決定しました。各地域の魅力を網羅できるように工夫してあります。
 編集にあたり、北野岸柳氏から御教示を頂き、解説と合わせて菊池靖夫氏に監修していただきました。
 この「下北かるた」初版は、平成6年に(社)むつ青年会議所(菊池広志理事長)創立35周年記念事業として作製し、平成17年に市町村合併にともない、一部改訂いたしました。(文責 山本文三・杉山克也)

平成 6年11月17日 初版発行
平成 7年 4月17日 再版発行
平成11年 5月31日 3版発行
平成12年11月22日 4版発行
平成17年11月22日 改訂発行

発行 社団法人むつ青年会議所
    むつ市新町16-8 電話0175-22-4360

協力 下北半島活性化研究会

印刷 協同印刷工業株式会社
    むつ市金曲1-15-8 電話0175-22-2231

※ 上の文章は、「下北かるた(第4版改訂版)」の箱の裏書きから、そのまま転載したものです。

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「つ」 つい観ゆる...

Tu つい観ゆる 浜辺に咲きし ハマナスの花
ついみゆる はまべにさきし はまなすのはな

ハマナス

むつ湾沿いを走る国道は、はまなすラインと呼ばれる。
自生のハマナスが浜辺にいっぱい生えており、6月初旬ともなれば紅色の花が咲きみだれ、海の青さと対岸に見える下北の山々とが一ぷくの絵をおりなしている。
満開時の7月初旬にはハマナスの群落から、なんともいわれぬ芳香がただよってくる。

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「下北かるたプロジェクト」とは

下北かるたプロジェクト  ~大人も「下北かるた」計画~

「下北かるた」には、下北イチ押しの自然、文化、歴史が詰まっている。

そんな「下北かるた」を子どもだけのものにするのはもったいない。

大人も「下北かるた」で遊ぶべし、学ぶべし、かだるべし!!

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「て」 手をつなぎ...

Te 手をつなぎ 力を合せる 下北半島
てをつなぎ ちからをあわせる しもきたはんとう

下北半島

下北半島は、その地形から、まさかり半島とも称され、その面積は約1,876㎢、人口は約11万8千人(平成19年現在)で農林水産業を中心とした第一次産業が基幹の地域である。
また、六ヶ所村の原子燃料サイクル施設や国家石油備蓄基地、東通村、大間町の原子力発電所、むつ市の中間貯蔵施設と日本のエネルギー基地としての役割を果たしている半島でもある。

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「と」 父さんの...

To 父さんの 船だ沖の 大漁旗
とうさんの ふねだおきの たいりょうき

沿岸漁業

5面を海に囲まれた下北半島。どこの町村でも漁業が盛んだ。
陸奥湾のホタテ漁、津軽海峡から太平洋にかけて前沖のイカ漁や定置網によるサケ漁、冬の脇野沢沖のタラ漁など季節毎に海はにぎわいを見せる。
漁港の突提で沖から戻る親爺の船の大漁旗を迎える子供たち、今日も平和な下北が暮れて行く。

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「な」 菜の花ロード...

Na 菜の花ロード 初夏を彩り 風薫る
なのはなろーど しょかをいろどり かぜかおる

菜の花

日本一の作村面積を誇る横浜町の菜の花。9月上旬タネをまき、翌年5月中旬、長き冬を耐え、一挙に春の息吹きを感じさせるかのように咲き誇る菜の花。7月下旬に収穫が行われる。
青い空、原色の黄色、そしてエメラルドグリーンの海。光りと風、そして香りを人間の五感すべてで感じられる。毎年、菜の花フェスティバルも開催され、県内外から大勢の人が訪れる。

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「に」 日本で...

Ni 日本で 最初のひらがな むつ市
にほんで さいしょのひらがな むつし

ひらがな市名の「むつ市」

昭和34年、大湊町と田名部町の合併によって「大湊田名部市」が誕生したが、35年8月1日に日本最初のひらがなの市名「むつ市」に改称して一躍有名になった。
平成17年、「平成の大合併」の中で、むつ市・川内町・大畑町・脇野沢村の4市町村が合併し、3月14日新しい「むつ市」が誕生した。

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「ぬ」 沼ニシン...

Nu 沼ニシン 尾駮の味が なつかしく
ぬまにしん おぶちのあじが なつかしく

尾駮鰊

尾駮沼では、古くから鰊漁が盛んで、地元では、「尾駮鰊」と呼んでいる。漁期は、毎年12月上旬から翌年3月下旬まで行ない、沼鰊では、日本でも尾駮沼と茨城県の涸沼の2ヵ所である。
地元では、鰊を刺身などで食べているが、年々水揚げ量が減少し、現在では、ほとんど捕獲されていない。

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「ね」 願いが叶う...

Ne 願いが叶う 願掛岩に 手を合わせ
ねがいがかなう がんかけいわに てをあわせ

願掛岩

佐井村から仏ヶ浦までの中継地点に仰ぎみる海抜百メートル余りの巨岩が「がんかけ岩」である。男岩、女岩と呼び、まるで男女が抱き合う様を思わせる。
昔から神の岩山として地元の人々に信仰されており、寛政4年、菅江真澄がこの地を通った時、願いをかけたところから、願掛、または鍵掛岩とも呼ばれている。
願掛岩をバックに鳴海要吉の文学碑が建っている。

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「の」 野辺地湊...

No 野辺地湊 往時を偲ぶ 常夜燈
のへじみなと おうじをしのぶ じょうやとう

常夜燈

藩政時代、西廻り海運が発達した時、野辺地湊は南部藩有数の商業港として北前船が多く出入りし、栄えた。
この常夜燈は、文政10年(1827)、地元の豪商・野村治三郎がこれら出入船の安全のため建設した。夜は灯をともし灯台の役割りをつとめ、沖合からの目じるしにした。
現存するものでは、日本最古といわれている。

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「は」 早掛に...

Ha 早掛に 桜らんまん 下北の春
はやかけに さくららんまん しもきたのはる

桜の名所 早掛沼公園

むつ市の桜まつり主会場として、また、四季折々の花々を咲かせる早掛沼公園は、周囲を取りまく沼が農業用水のための溜池の地形を利用した都市公園である。昭和34年頃から市民の労力奉仕によって花見会場として整備が始まり、昭和44年から都市公園として、見事に整備され水辺の公園として市民に親しまれている。
春には約400本の桜と、500株のチューリップ、そして珍しい緑色の桜「御衣黄」が咲き誇る。

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「ひ」 冷水を...

Hi 冷水を 呑んで一服 恐山参詣
ひやみずを のんでいっぷく おやまさんけい

冷水峠

恐山街道の41丁目あたりうっそうと繁るヒバ林から清水が湧き出る冷水峠は、昔から恐山参詣者にとって格好の休息所であった。この峠の水を1杯呑むと10年長生き、2杯呑むと20年長生き、3杯呑むと死ぬ迄長生きすると諭えられている。今は車での参詣がほとんどであるが、往時の人たちは参道の丁塚を数えながら4里16キロの山道を歩いての参詣であった。冷水の味は当時の人にとって本当に美味であったにちがいない。

注意(むつ市観光情報ホームページより)
※冷水の湧水について
 冷水の湧水は、春と恐山大祭に飲用として適当かどうか検査しています。
 しかし、純粋な沢の水で殺菌等の処理は一切しておらず、天候等の影響を受けやすく、あくまでも沢の湧水ということを認識して頂きたいと思います。

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「ふ」 風雪に...

Hu 風雪に 耐える岬の 寒立馬
ふうせつに たえるみさきの かんだちめ

尻屋崎 寒立馬

津軽海峡と太平洋の合流地点、「北限海峡」尻屋崎。この地に通年放牧されている寒立馬は軍馬の名残りである。通年放し飼いされ、冬期も舎飼いされることのなかったこの馬たちは、野放し馬と呼ばれていたが、昭和45年、尻屋小中学校長岩佐勉氏が「東雲に勇みいななく寒立馬筑紫ヶ原の嵐ものかは」と詠んで以来、寒立馬と呼ぶようになった。
吉幾三氏が、寒立馬をモチーフに「北限海峡」を作詞・作曲した。

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「へ」 弁天島に...

He 弁天島に ゴメが舞う 津軽海峡大間崎
べんてんじまに ごめがまう つがるかいきょうおおまざき

大間崎

津軽海峡に突き出た「ここ本州最北端の地」(北緯41度33分、東経140度58分)の岬である。
「大間のマグロ」の一本釣りが全国的に有名である。
ここから600m離れたところに、周囲2.7kmの弁天島が浮かび、野鳥の宝庫として知られている。島にある灯台は、津軽海峡を航行する船の安全運行の役を担っている。
島と岬の間は、川のように早い潮流があり絶好の釣り場となっている。

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「ほ」 仏ヶ浦は...

Ho_1 仏ヶ浦は 極楽の磯 羅漢、如来が立ち並ぶ
ほとけがうらは ごくらくのいそ らかん、にょらいがたちならぶ

仏ヶ浦

緑色凝灰岩の断崖が海風の浸食を受け、仏具・仏像に似せた奇岩奇石を形造った。一ツ仏、如来首、極楽浜等、仏教にちなんだ名で呼ばれている。
周辺およそ2kmにわたって白緑色の凝灰岩が凄まじく立ちつくしている様はまさに極楽浄土を思わせる。大正11年、大町桂月が訪れ、「神のわざ 鬼の手づくり仏宇陀 人の世ならぬ処なりけり」と歌っている。

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「ま」 マテ小屋の...

Ma マテ小屋の 影をゆらして 沼の暮れ
まてこやの かげをゆらして ぬまのくれ

マテ小屋

六ヶ所村に隣接する小川原湖の支流である高瀬川の、水上に架設された漁撈用の小屋。
水中に大きな袋網を張りめぐらし、杭と杭との間に柴などを刺して、魚を網に誘い入れて捕獲する。
落日に染まる水面にシルエットで浮くマテ小屋の在る風景は一ぷくの名画にもたとえることが出来る風情である。

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「み」 雅さを...

Mi 雅びさを 今に伝える 野辺地祇園祭り
みやびさを いまにつたえる のへじぎおんまつり

のへじ祇園祭り

南部藩の交易港として栄えた頃から伝わる、京都祇園祭の流れを組む祭事。
祭りは8月に3日間行われ、豪華絢爛に装飾された舞台を掲げた優雅な調べの祇園囃子が有名だ。
また中日には、お御輿を先頭に各町内の町印神楽などが随行して、海上渡御が行われ、参加船総数約150隻のその光景は壮観である。

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「む」 室町の...

Mu 室町の ロマンを語る 大畑八幡宮
むろまちの ろまんをかたる おおはたはちまんぐう

大畑八幡宮

大畑発祥の地とされている深山に祀られていたが、人家が川尻(南町、本町)に形成されるようになり、慶安元年(1648)現在地に遷された。
大畑八幡宮例大祭は、元禄から享保年間に今の形に完成されたとされる。山車は4社であったが今は7社で運行される。
他能舞や神楽が行列を組んで練り歩き、郷土の300年以上の伝統を今に伝えている。

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「め」 明治から...

Me 明治から 海峡守る 尻屋の灯台
めいじから かいきょうまもる しりやのとうだい

尻屋崎灯台

本州の北端、尻屋崎は太平洋と津軽海峡の潮流が出会う処であり、潮流の激しさと波間に潜む暗礁が多く、古くから海の難所として船乗りに恐がれられた海域である。
明治9年10月20日、東北初の洋式灯台として設置されたが、その発想は斗南藩に由来すると言われている。
光度200万カンデラ、灯台の高さ共に日本最大級を誇る白亜の灯台は、放牧されている寒立馬と共に観光下北の一翼を担っている。

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「も」 餅つき踊り...

Mo 餅つき踊り メラシ着飾り 小正月
もちつきおどり めらしきかざり こしょうがつ

郷土芸能 餅つき踊り

下北一円の小正月行事として行われている祝儀踊り。
豊作祈願、火災、病魔を除き、家内円満の縁起を含んでいる。
この踊りは、宝暦年間にヤマセのため困窮している農民が、冷害に強い種もみを譲り受け豊作になった時、五穀豊穣に感謝し、村の氏神様に祝い餅を供え、喜び舞い踊ったのが始まりである。

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「や」 山深き...

Ya 山深き 渓谷に分け入り イワナ釣り
やまふかき たににわけいり いわなつり

下北の渓流釣り

下北は、清流を育む渓流河川が豊富で、渓流釣りのメッカとも云われ全国的に有名である。
東通村の老部川、川内川の本・支流、大畑川をはじめとする大小の河川はもとより、裏庭を流れる水路でもイワナ、ヤマメが釣ることが出来る特色がある。
県内外から渓流釣りファンが数多く訪れ、恵まれた自然環境を楽しみながらその喜びに浸る。

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「ゆ」 往く夏を...

Yu 往く夏を 惜しんで燃える 五車の別れ
ゆくなつを おしんでもえる ごしゃのわかれ

田名部祭り

300年の歴史を持つ田名部神社例大祭は、毎年8月18日から20日まで開催される。町内を渡御する神輿の露払をつとめる横迎町の稲荷山、小川町の猩々山、柳町の大黒山、本町の蛭子山、新町の香炉峰と五町の山車があり、京都祇園祭の流れをくむといわれている。その運行の華麗で勇壮な様は下北半島最大の祭典である。
まつりは連日深夜まで続き、特に20日の夜の五車別れでクライマックスに達する。

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「よ」 要吉の...

Yo 要吉の 歌碑に刻みし ライフの哀しみ
ようきちの かひにきざみし らいふのかなしみ

鳴海要吉

口語歌人の先覚者である鳴海要吉は明治16年黒石生まれである。
小学校の教師として佐井、東通村と赴任し、多くの作品を残し、歌碑も建立されている。
願掛岩に「あそこにもみちはあるのだ 頭垂れひとひとりゆく 猿がなく浜」と、尻屋崎に「あきらめの旅ではあった 磯の先の白い燈台に日がさして居た」が建っている。

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「ら」 ライト煌煌...

Ra ライト煌煌 ダイヤモンドの 蝶が舞う
らいとこうこう だいやもんどの ちょうがまう

釜臥山展望台

標高879m、下北半島で一番高い釜臥山からの眺望は、視界360度の大パノラマ。山頂に2階建の展望台がある。夜になるとむつ市の灯りが、いつしか手を繋ぎ優雅に羽を広げるアゲハチョウの形に浮かび上がる。降るような星空と漆黒の闇にきらめく地上の宝石。津軽海峡に揺れる漁火は大粒の真珠。心潤す光の競演は息を呑む美しさだ。
日中は恐山の宇曽利山湖をはじめ、むつ湾や尻屋崎灯台、北海道も見渡せる。

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「り」 龍神が棲む...

Ri_1 龍神が棲む 大滝の水 ほとばしる
りゅうじんがすむ おおたきのみず ほとばしる

川内川大滝

全長4.4kmの「川内川渓谷遊歩道」の中ほどに、竜神が住むといわれ古くから農民の信仰を集めていた大滝がある。昔、山伏が修行していたといわれる。
春は勇壮に、秋は白糸のように流れ落ちる水に季節の美しさを見ることができる。
また、イワナやヤマメなどの渓流釣りの場としても最適であり、野鳥のさえずりや新緑.紅葉の森林浴も楽しめる。

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「る」 ルーツが取り持つ...

Ru ルーツが取り持つ 姉妹都市 会津若松
るーつがとりもつ しまいとし あいづわかまつ

会津との縁

(社)むつ青年会議所の発案で、会津若松市と姉妹都市の縁を結んでいる。
旧会津藩がむつ市を中心に斗南藩として再興されたことによる歴史的背景を起縁としたこの姉妹都市の盟約は、先人を偲びながら双方の交流を深めている。

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「れ」 霊場も...

Re霊場も 春が来るまで 冬ごもり
れいじょうも はるがくるまで ふゆごもり

冬の恐山

日本三大霊場恐山も10月の秋詣りが終わるといよいよ冬支度に入る。
10月いっぱいは周辺の全山がヒバの濃い緑と紅葉が絢なし錦のようになるが、やがて降り始める雪に3月下旬まで境内は白銀の世界、湖も凍結する。参詣人でにぎわったシーズン中の喧騒さとは一変した沈黙の世界。霊魂も冬眠。湯元や地獄から噴き上がる蒸気が風に揺れているだけである。

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「ろ」 ロシアから...

Ro ロシアから 五郎治種痘 持ち帰る
ろしあから ごろうじしゅとう もちかえる

中川五郎治

種痘術を日本に初めて紹介したのが川内の中川(屋号 小針屋)五郎治である。
文化4年(1807)ロシアに拿捕された五郎治は5年間の滞在中、ロシア人医師と知己となり、その時に種痘術を学び、帰国後、松前藩で天然痘が流行したとき、牛痘の漿液を混入して種痘を成功させた。

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「わ」 忘れじの...

Wa 忘れじの 旅路を露伴が 書きしるす
わすれじの たびじをろはんが かきしるす

幸田露伴

1892年(明治25年)恐山を訪れた明治の文豪幸田露伴の名文「易心後語」の一節は、横浜町吹越海岸の美しさをたたえている。素朴な情景を大家の目は逃さない。
昔日の美しさをとりもどそうと地元町民が石碑を建立、海岸清掃に汗を流している。
同石碑周辺は女優岩下志麻の初主演作品のロケ地として知られ、新日本百景のひとつに数えられている。

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